時間旅行ムナカタ第14回「弥生のメロディー土笛」 最終更新日:2021年7月28日 (ID:4311) 印刷 更新日:2021年7月28日 世界の多くの民族は、独自に発展した音楽「民族音楽」を持っています。それは、神や支配者へ捧げるために、また、日々の労働を癒やすために歌い奏でられ、特有の楽器も生み出されました。ウクライナでは約2万年前の骨製打楽器が、ロシアでは約1万5千年前の角製フルートが出土するなど、音楽は人類の根源的な活動といえそうです。 弥生時代の楽器 日本でも、打楽器などは早くから存在したと思われますが、現在のところ旧石器時代にさかのぼる例はありません。 縄文時代前期(約6000年前)ごろから、東日本では石笛や土笛、琴などが順次出現し、西日本に先行して音の文化が栄えていました。やがて、弥生時代になると稲作文化の伝来をはじめ、中国大陸や朝鮮半島から多くの文化が伝えられる中、西日本地域にもこれまでの縄文時代とは異なる音の文化が伝えられます。 土笛の謎 その一つが「土笛」です。弥生時代の土笛は、陶塤(とうけん)とも呼ばれる焼物の笛で、起源は中国。河姆渡文化晩期(かぼとぶんかばんき・約6500年前)の遺跡などで出現しています。 日本では、1966(昭和41)年に山口県下関市の綾羅木郷(あやらぎごう)遺跡で初めて発見され、宗像では光岡長尾遺跡の環濠(かんごう)に囲まれた貯蔵穴(地下式の穴倉)から完全な形で出土しました。 形は卵形。高さ9.8センチ、最大径8.0センチで上面には直径2.2センチから2.7センチのほぼ円形の吹き口があり、指穴は前面に4個開けられています。口を寄せて息を吹き込むと「ホゥー」という低く物悲しい音を奏でます。 その他の出土地は、島根県松江市タテチョウ遺跡や京都府の日本海側にある扇谷(おおぎだに)遺跡など、不思議なことに大半が日本海沿岸部に集中しています。九州では、光岡長尾遺跡と北九州市の高槻遺跡の2カ所に例があるのみで、宗像より東側の沿岸地域でしか見つかっていないのはなぜでしょうか。 注:光岡長尾遺跡から出土した土笛 宗像と日本海沿岸地域 宗像地域は、弥生時代に栄えた強国で金印の出土で知られる奴国(なこく・福岡市や春日市付近)などが採用した甕棺(かめかん)というひつぎを用いた墓制を受け入れなかった地域であることにヒントが隠されています。どのようなひつぎで埋葬するかはその地域の大事な問題であり、よその墓制を受け入れるわけにはいかなかったと考えられます。 一方、土笛は稲作に伴う宗教儀礼に用いられたと考える説から、共通の祭祀(さいし)をした一つの文化圏が想定されます。つまり、土笛の分布や墓のあり方を検討すると、どうやら宗像の人々は、墓に甕棺を作らず、土笛を使った共通の祭祀をする日本海沿岸地域の人々と関わりが深かったと考えられます。 中近世の例ですが、鐘崎海女が対馬海流に乗って盛んに山口県や島根県など日本海沿岸地域に行き来していたことからも、伝統的な交流圏であったことが十分推測されるのです。 注:西日本で土笛が出土した遺跡の分布図 土笛を作ってみませんか 海の道むなかた館には、土笛づくりの体験学習メニューがあります。オーブン粘土を使って簡単に作ることができます。 館では、形づくりまでをサポート。その後、自宅へ持ち帰りオーブンを使って焼き上げれば完成です。 また、特別展示室では土笛を展示していますので、ぜひ実物を見てください。 (文化財職員・白木英敏)
更新日:2021年7月28日 世界の多くの民族は、独自に発展した音楽「民族音楽」を持っています。それは、神や支配者へ捧げるために、また、日々の労働を癒やすために歌い奏でられ、特有の楽器も生み出されました。ウクライナでは約2万年前の骨製打楽器が、ロシアでは約1万5千年前の角製フルートが出土するなど、音楽は人類の根源的な活動といえそうです。 弥生時代の楽器 日本でも、打楽器などは早くから存在したと思われますが、現在のところ旧石器時代にさかのぼる例はありません。 縄文時代前期(約6000年前)ごろから、東日本では石笛や土笛、琴などが順次出現し、西日本に先行して音の文化が栄えていました。やがて、弥生時代になると稲作文化の伝来をはじめ、中国大陸や朝鮮半島から多くの文化が伝えられる中、西日本地域にもこれまでの縄文時代とは異なる音の文化が伝えられます。 土笛の謎 その一つが「土笛」です。弥生時代の土笛は、陶塤(とうけん)とも呼ばれる焼物の笛で、起源は中国。河姆渡文化晩期(かぼとぶんかばんき・約6500年前)の遺跡などで出現しています。 日本では、1966(昭和41)年に山口県下関市の綾羅木郷(あやらぎごう)遺跡で初めて発見され、宗像では光岡長尾遺跡の環濠(かんごう)に囲まれた貯蔵穴(地下式の穴倉)から完全な形で出土しました。 形は卵形。高さ9.8センチ、最大径8.0センチで上面には直径2.2センチから2.7センチのほぼ円形の吹き口があり、指穴は前面に4個開けられています。口を寄せて息を吹き込むと「ホゥー」という低く物悲しい音を奏でます。 その他の出土地は、島根県松江市タテチョウ遺跡や京都府の日本海側にある扇谷(おおぎだに)遺跡など、不思議なことに大半が日本海沿岸部に集中しています。九州では、光岡長尾遺跡と北九州市の高槻遺跡の2カ所に例があるのみで、宗像より東側の沿岸地域でしか見つかっていないのはなぜでしょうか。 注:光岡長尾遺跡から出土した土笛 宗像と日本海沿岸地域 宗像地域は、弥生時代に栄えた強国で金印の出土で知られる奴国(なこく・福岡市や春日市付近)などが採用した甕棺(かめかん)というひつぎを用いた墓制を受け入れなかった地域であることにヒントが隠されています。どのようなひつぎで埋葬するかはその地域の大事な問題であり、よその墓制を受け入れるわけにはいかなかったと考えられます。 一方、土笛は稲作に伴う宗教儀礼に用いられたと考える説から、共通の祭祀(さいし)をした一つの文化圏が想定されます。つまり、土笛の分布や墓のあり方を検討すると、どうやら宗像の人々は、墓に甕棺を作らず、土笛を使った共通の祭祀をする日本海沿岸地域の人々と関わりが深かったと考えられます。 中近世の例ですが、鐘崎海女が対馬海流に乗って盛んに山口県や島根県など日本海沿岸地域に行き来していたことからも、伝統的な交流圏であったことが十分推測されるのです。 注:西日本で土笛が出土した遺跡の分布図 土笛を作ってみませんか 海の道むなかた館には、土笛づくりの体験学習メニューがあります。オーブン粘土を使って簡単に作ることができます。 館では、形づくりまでをサポート。その後、自宅へ持ち帰りオーブンを使って焼き上げれば完成です。 また、特別展示室では土笛を展示していますので、ぜひ実物を見てください。 (文化財職員・白木英敏)