古代東アジアにおける活発な対外交流が進んだ時期に、航海安全、対外交流の成就を願う宗像三女神の信仰へと発展し、祭祀のやり方は変わったとしても、今日まで宗像地域の人々によって信仰が継承されてきたことを物語る世界でも例のない遺産群です。
世界遺産に登録された構成資産
1.沖ノ島
2.小屋島
3.御門柱
4.天狗岩
5.宗像大社沖津宮遙拝所
6.宗像大社中津宮
7.宗像大社辺津宮
8.新原・奴山古墳群
各構成資産の解説
沖ノ島
4世紀後半から9世紀末までの間、大陸との交流が盛んだった時期の航海安全、対外交流の成就を願う大規模な祭祀が執り行われ、その後も神聖な島として宗像地域の人々に守られ、田心姫神を祀る沖津宮として今に信仰が続いています。
小屋島・御門柱・天狗岩
沖ノ島の南東1kmのところにあって天然の鳥居のような役割を果たしていたと江戸時代の地誌に記され、今も沖津宮で神事を行う神職が乗る船は、この岩礁の間を通っていきます。
宗像大社沖津宮遙拝所
16世紀から17世紀ころに大島の北岸に設置されたもので、通常沖ノ島に渡る事の出来ない一般の人々は、沖ノ島をここから拝みます。
宗像大社中津宮
大島御嶽山山頂で7世紀後半から9世紀にかけて祭祀が執り行われ、その後御嶽山の麓に社殿を建てられ、湍津姫神を祀る神事が継続し信仰が今に続いています。
宗像大社辺津宮
九州本土釣川の河口を望む左岸の丘陵上に高宮祭場があり、この周辺で8世紀から9世紀にかけて祭祀が行われ、その後丘陵裾に社殿が建てられ、市杵島姫神を祀る神事が継続し信仰が今に続いています。
新原・奴山古墳群
宗像地域に約2800基ある古墳を代表する古墳です。この古墳に葬られ、生前宗像地域一帯を治めていた古代豪族宗像氏は、大陸との交流が盛んであった5世紀から6世紀にかけて沖ノ島での祭祀を担い、その後編纂される古事記には宗像の神を祀っていたと記されています。今も玄界灘を望む丘陵には保存状態のよい古墳41基が残されています。
このように、8つの構成資産によって、「神宿る島」宗像・沖ノ島と関連遺産群は、顕著な普遍的価値(国家間の境界を越えた価値があり、人類全体にとって将来世代にわたり重要なもの)があるとして、世界遺産一覧表に記載されたのです。